上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
駆除か自然保護か

 人里へのクマの出没は、各地で130人もの死傷者(10月まで)を出し、住民に不安を巻き起こしています。また、農作物の被害も大きく、特に被害が大きい山形、青森、秋田、宮城、福島、群馬、山梨など東日本の各県ではその対策に悩んでいます。

 捕獲されたクマは4300頭(10月まで、平年は約1800頭)にのぼり、そのほとんどは射殺されたと見られます。そのため動物愛護の観点から批判の声も高まり、捕獲したクマを山へ返す試みも行われました。

 たとえば、捕獲したクマにトウガラシ入りのスプレーを吹きかけたり、爆竹で脅すなどの「お仕置き」をして、人間の怖さを教えて山に戻す「学習放獣」や、クマ対策専用犬「ベアドッグ」に追わせて山に追い込むなどです。

 しかし一方で、被害を懸念する住民からは、「処分すべきだ」という反発が起こり、自然保護と住民の安全確保というジレンマに悩まされた自治体も多かったようです。

 クマの出没の原因は、東日本に多いブナの実(ドングリの一種)が不作で、餌が不足したためといわれています。また、前年は逆に豊作だったためクマの出産が多く、小熊の数が増えたことも指摘されています。

 確かに、ドングリの不作によって、クマがエサ不足に陥ったことは事実のようです。しかし、クマが人里に下りて来るようになった根本的な原因は他にあるという指摘もあります。それは、進行しつつある里山の荒廃です。

根本原因は「里山の荒廃」

「里山」とは、人の手があまり入っていない「奥山」に対し、人里近くにあるブナやナラなどの広葉樹を中心とした雑木林のことをいいます。そこでは、近くの住民が薪や炭、肥料となる落ち葉やキノコなどを採取し、利用しながら森を育ててきました。日本の伝統的な農村の周辺に広がる里山は、人々の生活と密着した人の手が加わった自然で、実に国土の40%を占めます。

 本来クマは臆病で用心深い動物です。人を恐れ人が近づくと逃げるものです。人を襲うのは、よほど追い詰められた場合以外はほとんどありません。里山は、クマが棲む奥山と農村との間に位置し、クマにとっては人の気配を感じるため入りにくい「緩衝区域」となってきました。いわば、里山が人とクマを棲み分けさせてきたのです。

 今、多くの里山が農村の過疎化と高齢化によって、人の手が入らなくなり、荒れつつあります。その結果、人とクマの境界がなくなり、クマの異常出没につながったのです。つまり、緩衝区域である里山を再生しない限り、今後も人里へのクマの出没は続くと予想されるのです。クマと共存するためには、里山の再生と有効利用を進める必要があるのです。

 自然保護というと、自然に一切手をつけずに放っておくことだと思っている人も多いかもしれません。確かに、なるべく手を入れずにそのまま残しておくべき自然もあります。たとえば、世界遺産に登録された屋久島や白神山地、知床半島の原生林などです。しかし、里山は半ば人工的な森であり、定期的に木を切り草刈りをすることで、その生態系を維持する必要があるのです。

動物と人間が共存するには

 現在、各地で里山を保全・再生させる取り組みが始まっています。農村の過疎化や高齢化が進む中、枝打ちや間伐を都会の人によるボランティアで行う、という運動も盛んになってきました。楽しみながら自然から学び、自然と共存しようという考え方がようやく広まりつつあります。

 今問題になっているのはクマだけではありません。日本各地でシカ、イノシシ、ニホンザルなどの野生動物が増え、被害が拡大しています。単に野生動物を保護しようといった発想だけでは対応できなくなっているのも事実です。

 北海道では、増えすぎたシカを計画的に駆除し、鹿肉を商品として売り出しています。野生動物との共存を考えるとともに、人間による数の調節も必要です。これもまた日本人が古くからやってきた方法なのです。

 今回のクマ騒動を機会に、自然を上手に利用しながら動物たちと共存してきた我々の祖先からもう一度学び、野生動物と人間の共存について考え直す機会にしたいものです。(平成18年11月15日記す)

スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。