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「生長の家」は、平成13年に宗教法人として日本ではじめて(おそらく世界でも)環境マネジメントシステムの国際規格ISO14001を認証取得し、さまざまな環境保全活動を行っています。その代表的な活動として長崎の総本山を紹介します。

40年ぶりに復活した炭焼き

 かつては日本中で行われた「炭焼き」。廃れかけてしまった伝統技術が今、再生可能なエネルギーとして、また、森林を育成し地球温暖化を防ぐ手段として注目されています。
 生長の家総本山のある長崎県の西彼杵半島(西海市)では、古くから冬の農閑期にはさかんに炭焼きが行われてきました。炭は燃料として重要なだけではなく、適度な間伐によって樹木の生育を促してきたのです。

 しかし、太平洋戦争後は、石油や石炭そして電気が普及して炭の需要が減ったため、次第に行われなくなり、40年程前には完全に姿を消してしまいました。そのため、山は荒れたまま放置され、立ち枯れが目立つようになったのです。

 総本山は総面積279ヘクタールの広大な境内地を有し、その85%にあたる238ヘクタールが森林です。このうち約半分がヒノキの植林で、半分はカシやナラなどの雑木林です。この雑木林にもかつて使われた炭窯が数十基も点在しています。

 境内の森林保全と木材の有効利用をどう進めるか、さまざまなアイデアの中から、平成11年より職員による炭焼きがはじまりました。とはいってもはじめは失敗の連続だったのです。

伝統技術の大切さを学ぶ
 
 総本山の森林保全活動の中心として活躍している献労農事課の吉田憲司さんに話を聞きました。

「炭焼きを始めようとしても、そもそも炭焼きの経験者が高齢化し、その技術を伝える人が少なくなっているという現状があります。そこで、私の前任者が隣町まで出向いて炭焼きの技術を学んできました。伝統的な生活技術も、一度廃れると取り戻すのは大変なことだと感じました」

「次に、境内地に点在する炭窯の一つを修復して、焼いてみましたが、火入れの後に窯をふさぐタイミングと密閉の仕方が難しく、最初は全て灰になってしまいました。その後、別の炭窯に替えたり、密閉の仕方を工夫するなど試行錯誤を重ねて、やっと良い炭が出来るようになりました」

 炭焼きなど時代遅れだと思い込んでいる人も多いかもしれません。しかし、生きていくために知恵や工夫が必要だった時代に比べて、スイッチを入れれば電気がつく、栓をひねればガスが出る、といった生活に慣れきってしまった現代人のほうが、むしろ退化しているのではないでしょうか。

 今年の1月23日には、吉田さんをはじめ、職員6人がかりで火入れが行われました。材料は境内に生えているシラカシの倒木や間伐材で、窯は数十年放置され半分土に埋もれていたものを掘り出して修復したものです。その後、2日間は徹夜で火を燃やし続けます。炎の熱で顔が真っ赤になる大変な作業です。苦労の甲斐があって2月9日には約520㎏の立派な炭が取り出されました。

 総本山には孟宗竹の竹林も多く、竹炭も作られます。出来た炭は燃料のほか、トイレや靴箱の脱臭剤や炭風呂に使われ、また、団体参拝練成会(総本山に教区単位で参拝し、受ける練成会。練成会とは合宿して教えを学び、実践するつどい)の参加者に配られます。

シイタケ栽培も

 炭焼きのほかにも、雑木林に生えているナラの木を使ったシイタケ栽培も行われています。原木の切り出しから始まって、運搬・切り分け・穴あけ・シイタケ菌の打ち込みなどが職員のほか練成会の参加者の献労によって行われます。

 最近、再生可能なエネルギー源として、サトウキビから作ったバイオエタノールや、木材チップなどのバイオマスエネルギーが注目されています。こういうと目新しいことのように聞こえますが、かつての日本は炭や薪などバイオマスエネルギーだけで生活していたのです。炭を燃やすと二酸化炭素(CO2)が出ますが、森林は間伐や枯れ木を取り除くことによって成長が促されるためCO2の収支はゼロになるのです。つまり、成長した分だけ木材を利用するというやり方です。このような持続可能な社会を築いていたわれわれの祖先の知恵と技術から謙虚に学びたいものです。(平成19年2月13日記す)

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